心の内部を整理して、つじつまを合わせ
外にそのエネルギーを出す。つまり
どんどんいろいろなことに関与してもやっていける。
困難などにくじけてはいけない。
恐怖や怒り、恨みなどで心を支配されてはいけない
2019年5月30日木曜日
2019年5月28日火曜日
「個人情報の不可解な扱い方」週刊文春5・30号 ページで言うと100ページに 「土屋賢二」先生の「ツチヤの口車」のなかで個人情報について書かれている記事を読みました。 個人情報を守るために どんどん非特定化が進むという現代にあって 完全に仮面化という事態が進行するのか?ということに関して 目立ちたがる、という人間の欲求において 完全非特定化ができないというような趣旨の内容が書かれている。 一例としてSNSの存在。 さらにそのSNSを利用して 自分の行動を宣伝するという行為が ある限り非特定化はできない しかし、そのような行為は自発的に行われるのであって 一つの紐づけされたプロファイルは その行動主体である自分とは別物である。しかし 「プライバシーは偶然的性質を集めた類型だ」という。 ここから面白い帰結を書いていらっしゃるのだが 一読の価値は十分にあると思う。 かなり人間的な帰結ですよ
「個人情報の不可解な扱い方」週刊文春5・30号
ページで言うと100ページに
「土屋賢二」先生の「ツチヤの口車」のなかで個人情報について書かれている記事を読みました。
個人情報を守るために
どんどん非特定化が進むという現代にあって
完全に仮面化という事態が進行するのか?ということに関して
目立ちたがる、という人間の欲求において
完全非特定化ができないというような趣旨の内容が書かれている。
一例としてSNSの存在。
さらにそのSNSを利用して
自分の行動を宣伝するという行為が
ある限り非特定化はできない
しかし、そのような行為は自発的に行われるのであって
一つの紐づけされたプロファイルは
その行動主体である自分とは別物である。しかし
「プライバシーは偶然的性質を集めた類型だ」という。
ここから面白い帰結を書いていらっしゃるのだが
一読の価値は十分にあると思う。
かなり人間的な帰結ですよ
ページで言うと100ページに
「土屋賢二」先生の「ツチヤの口車」のなかで個人情報について書かれている記事を読みました。
個人情報を守るために
どんどん非特定化が進むという現代にあって
完全に仮面化という事態が進行するのか?ということに関して
目立ちたがる、という人間の欲求において
完全非特定化ができないというような趣旨の内容が書かれている。
一例としてSNSの存在。
さらにそのSNSを利用して
自分の行動を宣伝するという行為が
ある限り非特定化はできない
しかし、そのような行為は自発的に行われるのであって
一つの紐づけされたプロファイルは
その行動主体である自分とは別物である。しかし
「プライバシーは偶然的性質を集めた類型だ」という。
ここから面白い帰結を書いていらっしゃるのだが
一読の価値は十分にあると思う。
かなり人間的な帰結ですよ
このまま、成功が近づくという感じで富や名声が増えていくときです。しかしかさに着ると過ぎたるは及ばざるごとし、と消えてなくなります。それはリスクと隣り合わせだからです あなたの中にある利己主義をいますぐ追放しなさい
このまま、成功が近づくという感じで富や名声が増えていくときです。しかしかさに着ると過ぎたるは及ばざるごとし、と消えてなくなります。それはリスクと隣り合わせだからです
あなたの中にある利己主義をいますぐ追放しなさい
あなたの中にある利己主義をいますぐ追放しなさい
2019年5月27日月曜日
細かな自分に及びもしないことでくよくよするよりもこのまま成功をつかむチャンスです。必要なものは肯定的な考えです あなたの活力を人のために使いなさい
細かな自分に及びもしないことでくよくよするよりもこのまま成功をつかむチャンスです。必要なものは肯定的な考えです
あなたの活力を人のために使いなさい
あなたの活力を人のために使いなさい
芝居「後家安とその妹」 AT 紀伊国屋シアター 公式サイトはここ https://asatte.tokyo/gokeyasu/ この記事 https://www.asagei.com/126948 こんな風に言われると、同じように応援したくなります。 また、小泉今日子さんが入場の時と終った時の送り迎えに入り口付近にいてくれるので 私も思わず会釈をしてしまった。 そして如才なく動き回ってました。 芝居の内容は、上演中ずっと考えていたのですが この芝居を 落語で一人で語ることができた人たちがいたんですよねえ、と 本当に驚いた、ということです。 私は このような古典落語は 故桂歌丸氏の地元の「歌丸会」の中で接したのみです。 あとは鈴本とかの演芸場に落語を聞きに行っただけですし 最後に行ったのも、かなり前です。 鈴本に関しては火事の前だと思うし、 当時の落語家で鬼籍に入られた方も多数となっております。 そんな感じで、 落語の形態をとりながらも、 その内容で芝居仕立てにしているので わかりやすいといったら、わかりやすい。 そして、話の展開が気になるといったものでした。 最後どうなるんだろう?というのは常に私の中にあった。 そして最後は、 まあ、出てくる人はみんな、いなくなって 変わらない世の中、ということなんでしょう。 そこに落ち着いたか、と思った次第。 私は、 ここからは、ネタばれですが、あのまま兄弟で乗っ取るのかと思ったんですけどねえ。 まあ、時代劇ではなく、落語なので どこかペーソスがあるんだと思います。 なるほど、落語というのもよいものだ、と思った次第。 途中、 豊原さんがギターを弾いたり それに応えて塚原さんが三味線を弾いたりで 少し、遊びのシーンもあるのですが たぶん、この辺で実験しながらも 次 より一層音楽要素を取り入れていくのではないでしょうかね? そんな感じのする 伸びしろのある舞台でした。 話しが面白いから 面白いことは面白いのですが、 +αが加わったかというと 確かに役者は観ていて熱演している、雰囲気も良い、 だから何?という感じもします。 彼らは次の演目を 作るときに 今回の反省を持って、よりよい舞台にする事が出来ると思います。 まだ発展途上だと思う。 ただ、落語というものに出会わせてくれた 格好の舞台であることは間違いないです。 これからですよ。
芝居「後家安とその妹」 AT 紀伊国屋シアター
公式サイトはここ
https://asatte.tokyo/gokeyasu/
この記事
https://www.asagei.com/126948
こんな風に言われると、同じように応援したくなります。
また、小泉今日子さんが入場の時と終った時の送り迎えに入り口付近にいてくれるので
私も思わず会釈をしてしまった。
そして如才なく動き回ってました。
芝居の内容は、上演中ずっと考えていたのですが
この芝居を
落語で一人で語ることができた人たちがいたんですよねえ、と
本当に驚いた、ということです。
私は
このような古典落語は
故桂歌丸氏の地元の「歌丸会」の中で接したのみです。
あとは鈴本とかの演芸場に落語を聞きに行っただけですし
最後に行ったのも、かなり前です。
鈴本に関しては火事の前だと思うし、
当時の落語家で鬼籍に入られた方も多数となっております。
そんな感じで、
落語の形態をとりながらも、
その内容で芝居仕立てにしているので
わかりやすいといったら、わかりやすい。
そして、話の展開が気になるといったものでした。
最後どうなるんだろう?というのは常に私の中にあった。
そして最後は、
まあ、出てくる人はみんな、いなくなって
変わらない世の中、ということなんでしょう。
そこに落ち着いたか、と思った次第。
私は、
ここからは、ネタばれですが、あのまま兄弟で乗っ取るのかと思ったんですけどねえ。
まあ、時代劇ではなく、落語なので
どこかペーソスがあるんだと思います。
なるほど、落語というのもよいものだ、と思った次第。
途中、
豊原さんがギターを弾いたり
それに応えて塚原さんが三味線を弾いたりで
少し、遊びのシーンもあるのですが
たぶん、この辺で実験しながらも
次
より一層音楽要素を取り入れていくのではないでしょうかね?
そんな感じのする
伸びしろのある舞台でした。
話しが面白いから
面白いことは面白いのですが、
+αが加わったかというと
確かに役者は観ていて熱演している、雰囲気も良い、
だから何?という感じもします。
彼らは次の演目を
作るときに
今回の反省を持って、よりよい舞台にする事が出来ると思います。
まだ発展途上だと思う。
ただ、落語というものに出会わせてくれた
格好の舞台であることは間違いないです。
これからですよ。
公式サイトはここ
https://asatte.tokyo/gokeyasu/
この記事
https://www.asagei.com/126948
こんな風に言われると、同じように応援したくなります。
また、小泉今日子さんが入場の時と終った時の送り迎えに入り口付近にいてくれるので
私も思わず会釈をしてしまった。
そして如才なく動き回ってました。
芝居の内容は、上演中ずっと考えていたのですが
この芝居を
落語で一人で語ることができた人たちがいたんですよねえ、と
本当に驚いた、ということです。
私は
このような古典落語は
故桂歌丸氏の地元の「歌丸会」の中で接したのみです。
あとは鈴本とかの演芸場に落語を聞きに行っただけですし
最後に行ったのも、かなり前です。
鈴本に関しては火事の前だと思うし、
当時の落語家で鬼籍に入られた方も多数となっております。
そんな感じで、
落語の形態をとりながらも、
その内容で芝居仕立てにしているので
わかりやすいといったら、わかりやすい。
そして、話の展開が気になるといったものでした。
最後どうなるんだろう?というのは常に私の中にあった。
そして最後は、
まあ、出てくる人はみんな、いなくなって
変わらない世の中、ということなんでしょう。
そこに落ち着いたか、と思った次第。
私は、
ここからは、ネタばれですが、あのまま兄弟で乗っ取るのかと思ったんですけどねえ。
まあ、時代劇ではなく、落語なので
どこかペーソスがあるんだと思います。
なるほど、落語というのもよいものだ、と思った次第。
途中、
豊原さんがギターを弾いたり
それに応えて塚原さんが三味線を弾いたりで
少し、遊びのシーンもあるのですが
たぶん、この辺で実験しながらも
次
より一層音楽要素を取り入れていくのではないでしょうかね?
そんな感じのする
伸びしろのある舞台でした。
話しが面白いから
面白いことは面白いのですが、
+αが加わったかというと
確かに役者は観ていて熱演している、雰囲気も良い、
だから何?という感じもします。
彼らは次の演目を
作るときに
今回の反省を持って、よりよい舞台にする事が出来ると思います。
まだ発展途上だと思う。
ただ、落語というものに出会わせてくれた
格好の舞台であることは間違いないです。
これからですよ。
2019年5月25日土曜日
望みはかなう方向に動いている。あとは謙虚さが必要。当然の権利ではなく、謙虚な気持ちで享受すること どんなことも否定的な考えは一切しないこと
望みはかなう方向に動いている。あとは謙虚さが必要。当然の権利ではなく、謙虚な気持ちで享受すること
どんなことも否定的な考えは一切しないこと
どんなことも否定的な考えは一切しないこと
2019年5月24日金曜日
誤解や錯覚、行き違いが生じやすい。自分の中でこうだと決めつけてかかってはいけない。一歩引いて、相手の考えも尊重してみると行き違いも起こりにくい。年長者に相談するのも吉 あなたの協力者の神性に敬意を払いなさい
誤解や錯覚、行き違いが生じやすい。自分の中でこうだと決めつけてかかってはいけない。一歩引いて、相手の考えも尊重してみると行き違いも起こりにくい。年長者に相談するのも吉
あなたの協力者の神性に敬意を払いなさい
あなたの協力者の神性に敬意を払いなさい
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